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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)5383号 判決 1980年9月19日

原告 谷昇長

右訴訟代理人弁護士 崎信太郎

被告 松本昇三

右訴訟代理人弁護士 柴田憲一

被告 神余芳樹

右訴訟代理人弁護士 横田俊雄

主文

一  被告神余芳樹は、原告に対し、別紙物件目録(本訴請求部分)記載の建物部分を明け渡し、かつ、昭和五四年三月一日から右明渡しずみに至るまで一か月金三〇万円の割合による金員を支払え。

二  原告の被告松本昇三に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中原告と被告神余芳樹との間に生じたものは被告神余芳樹の負担とし、原告と被告松本昇三との間に生じたものは原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

1  次の判決

(一) 原告と被告松本昇三との間において、原告が、別紙物件目録(本訴請求部分)記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)につき、期間昭和五三年七月二六日より同五八年七月二五日まで、賃料一か月金一三万円との定めの賃借権を有することを確認する。

(二) 主文第二項同旨

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  第1項の(二)につき仮執行の宣言

二  被告松本、同神余

次の判決

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

1  被告松本に対する賃借権確認請求

(一) 原告は、被告松本との間において、昭和五三年七月二六日、本件建物部分につき、賃貸人を同被告賃借人を原告とし、期間同日から昭和五八年七月二五日まで、賃料一か月一三万円の約で賃貸借契約を締結した。

(二) しかるに、被告松本は原告の賃借権の存在を争うので、原告は、被告松本との間において、右賃借権が存在することの確認を求める。

2  被告神余に対する請求

(一) 原告は、昭和五二年一月一日、被告神余に対し、本件建物部分を、期間同日より昭和五四年一月一日まで、賃料一か月金三〇万円毎月末日限り翌月分を原告方に持参して支払うこと、賃料支払いを二か月分以上怠ったとき又は賃料支払いをしばしば遅延し賃貸人と賃借人間の信頼関係を害したとき等においては催告を要しないで契約を解除することができる旨の約で賃貸した(なお、原告は前記1の(一)記載の賃貸借契約に先立ち、訴外田口瑤子の有する本件建物部分の賃借権を被告松本の承諾を得て譲り受けていたが、更に、これを被告松本の承諾のもとに神余に転貸したものである。)。

(二) ところが、被告神余は、昭和五四年三月分から同五月分までの賃料を支払わなかったほか、同人に使用を許していた電話加入権について同被告が負担すべき使用料を支払わずそのため原告が国際電信電話公社より差押えを受け、あるいは本件建物部分に備え付けの原告に所有権のある調度備品等を勝手に毀棄するなど、原告と被告神余間の信頼関係を害する行為が多かった。そこで、原告は、同被告に対し、昭和五四年四月一二日附書面により右延滞賃料の支払を催告したところ、同被告がこれに応じなかったので、同年五月一二日付同月一四日到達の書面をもって同被告との賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) よって、原告は、被告神余に対し、右賃貸借契約解除に基づき本件建物部分の明渡しを求めるとともに、昭和五四年三月一日から同年五月一四日までの間約定による毎月三〇万円の割合による賃料の、同年五月一五日から明渡しずみまで右賃料相当額の損害金の支払いを求める。

二  被告松本の答弁

請求原因1の(一)の事実は認める。

三  被告神余の答弁

1  請求原因2の(一)の事実のうち、被告神余が本件建物部分につき原告主張の期間、賃料で賃借したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の(二)の事実のうち原告主張の書面二通が送達されたこと(昭和五四年五月一二日付書面が同月一四日到達したことも)は認めるがその余の事実は否認する。

3  本件建物部分は、訴外金永仙が被告松本より昭和五四年五月末に直接賃借しており、被告神余は本件建物部分を占有していない。

四  被告松本の抗弁

1  原告と被告松本との間の本件建物部分の賃貸借契約においては、賃料は毎月末日までに翌月分を持参して支払うこと、賃料の支払いを一か月でも遅滞したときはなんらの催告を要しないで右契約を解除することができる旨の約定があった。

2  しかるに、原告は、昭和五四年一月分から同年五月分までの賃料合計六五万円を支払わなかった。そこで、被告松本は、昭和五四年五月一八日付同月一九日到達の書面により原告に対し本件建物部分の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

3  したがって、被告松本と原告との間の本件建物部分の賃貸借契約は右解除によって終了しているから、原告の請求は、理由がない。

五  被告松本の抗弁に対する原告の答弁

被告松本の抗弁1、2の事実は認める。

六  原告の再抗弁

1  原告は、被告松本に対し、昭和五三年一二月下旬ころ未納の賃料は転借人である被告神余から直接受け取るよう申し入れ、被告松本はこれを了承し、被告神余よりこれを受け取っていた。

その後、被告神余が支払いを滞らせていた模様であるが、被告松本はそのことを原告に知らせず原告になんらの催告をしないで突然解除の意思表示をしたものであって、右のような解除の意思表示は、信義則に反し無効である。

2  なお、原告は、被告松本との賃貸借契約締結の際敷金二〇〇万円を預託し、また、滞納賃料を被告神余が支払わないことを知ったのち直ちに被告松本に対し支払い、その後も賃料を支払い続けている。

原告が被告神余に本件建物部分を毎月三〇万円の賃料で転貸しているのは、原告が本件建物部分に約一〇〇〇万円を投じて内部を改装したためであるが、被告松本が原告との賃貸借契約の解除の挙に出たのは、原告を排除し両被告間で直接賃貸借契約を締結し、被告松本は受取賃料を増加させまた被告神余は支払賃料を引き下げることを意図して、両被告で仕組んだものである。

六  原告の再抗弁に対する被告松本の答弁

1  再抗弁1の事実中、被告松本が被告神余より原告の滞納賃料のうち金一五万円の立替払いを受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、被告松本が原告との賃貸借契約にあたり敷金を受けとったこと、本件賃貸借契約解除後の昭和五四年五月二四日に田口瑤子が金五〇万円、原告が同年六月一一日に金一三万円、七月一九日に金一三万円、八月六日に金一三万円を被告松本の銀行口座に振込送金してきた事実は認めるが、その余は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  被告松本に対する請求について

1  原告と被告松本との間において、昭和五三年七月二六日、本件建物部分について、原告主張のような賃貸借契約が締結されたことは、原告と被告松本との間(以下被告松本に対する請求に関する関係では、単に「当事者間」という。)に争いがない。

2  また、原告が昭和五四年一月分から同年五月分までの賃料を滞納していたこと(ただし、右滞納賃料中金一五万円は被告神余から立替払いを受けた。)、原告と被告松本との間の右賃貸借契約においては賃料の支払いを一か月でも怠ったときはなんらの催告を要しないで右契約を解除することができる旨の特約があったこと及び被告松本が右特約に基づいて原告に対し昭和五四年五月一八日付翌一九日到達の書面により賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことも当事者間に争がない。

右無催告解除の特約は、賃借人に賃貸人に対する信頼関係を破壊する程度の背信行為があった場合には催告を要しないで解除の意思表示をすることができる旨の特約を定めたものと解されるが、原告の約四か月分にわたる賃料の不払いは、特段の事情がない限り、賃借人たる原告と賃貸人たる被告松本間の信頼関係を破壊するに足りる程度の背信行為であるというべきである。

3  原告は、被告松本の解除の意思表示は信義則に反し無効であると主張する。

(1)  《証拠省略》によれば、原告は本件建物部分を賃料三〇万円で被告神余に貸与していたが、被告神余が賃料の支払いをしばしば怠っていたため、原告も被告松本に対する賃料の支払いを滞らせがちであったこと、原告は、昭和五四年一月ころ、被告松本に対し、被告神余が家賃を支払わないため被告松本に対する家賃の支払いができないので被告松本より被告神余に直接請求し、支払いを受けられたときは原告の支払うべき家賃に充当してもらいたい旨を申し入れたこと、これをうけて、被告松本は、被告神余に請求をし、昭和五四年四月ころ被告神余より一五万円を受領しこれを原告の滞納賃料の一部の支払に充当したことが認められる(《証拠判断省略》)。

(2)  しかし、右事実は、もともと原告が支払いを受けることが必ずしも容易ではなかった被告神余に対する家賃請求権の取立権を被告松本に付与し、その取立ができた場合には原告の被告松本に対する家賃支払債務に充当することができる旨を認めたものにすぎないものと解されるから、それにより原告の被告松本に対する賃貸借契約上の賃料支払方法を基本的に変更し、あるいは原告の賃料支払義務を免除、猶予する趣旨であったとは解されないものである。

(3)  ところで、賃貸人に対する賃料の支払義務は賃借人の最も重要な義務であるが、前記事実はもともと原告が必ずしも容易には支払いを受けることができなかった被告神余に対する賃料請求権の取立権を賃貸人である被告松本に付与したにすぎないものであるから、原告としても直ちに被告松本が被告神余よりその支払を受けることができるものと予想することはできなかったと考えられるところであり、賃料支払義務を負う原告としては、はたして被告松本が被告神余より賃料の支払いを受けることができたのかどうかを被告松本に確認し(容易にこれをすることができたと考えられる。)もし支払いを受けていなければ直ちにみずからこれを支払うべき義務があったものというべきである。しかるに、仮に原告本人が供述するように被告神余から支払いずみであると言われてこれを信じた事実があったとしても、それにより原告の右義務はなんら免除されるものではなく、原告が右義務を果さなかった以上(このことは弁論の全趣旨により認められる。)被告松本がこの間の経過について原告に報告せず原告に滞納賃料の支払を催告することなく特約に基づき直ちに解除の意思表示をしたとしても、なんら信義則に反するものではないというべきである。

(4)  かえって、《証拠省略》によれば、原告は従前からしばしば被告松本に対する賃料の支払いを滞らせがちであり、被告松本は、そのたびごとに支払を催促していたが、遂に数か月分の賃料を滞納するに至ったので、やむなく原告に対し解除の意思表示をするに至ったものと認められる。

したがって、このような事情のもとでは、被告松本の原告に対する解除の意思表示を直ちに信義則に違反する無効なものということはできず、他に原告の右意思表示が信義則に反することを推認させる事情を認めるに足る証拠はない。

よって、原告の右主張は採用することができない。

4  なお、《証拠省略》によれば、原告は被告松本との賃貸借契約に際して敷金二〇〇万円を預託していたこと及び被告松本からの解除の意思表示があったのち、直ちに滞納賃料を被告松本に送金していることが認められる。

しかし、敷金が預託されているからといって賃料の滞納が許されるものではなく、また、原告の滞納賃料の送金は解除の意思表示後のことであるから、解除の意思表示にはなんらの影響を及ぼすものではないというべきである。

5  そうすると、原告と被告松本間の本件建物部分の賃貸借契約は、前記被告松本の解除の意思表示によって消滅したものというべきであり、原告の被告松本に対する請求は、理由がない。

二  被告神余に対する請求について

1  原告と被告神余との間で、昭和五二年一月一日、本件建物部分につき、期間同日より昭和五四年一月一日まで、賃料一か月金三〇万円の約で賃貸借契約が締結されたことは、原告と被告神余との間(以下、単に「当事者間」という。)に争がない。そして、《証拠省略》によれば、右契約においては、賃料は毎月末日限り翌月分を原告方に持参して支払うこと及び賃借人が二か月分以上の賃料の支払いを怠ったとき、賃料支払いをしばしば遅延しその遅延が賃貸人と賃借人との間の信頼関係を著しく害すると認められるとき等においては催告を要しないで契約を解除することができる旨の約定があったことが認められる。

2  《証拠省略》を総合すれば、被告神余は昭和五四年三月分から五月分までの賃料の支払いを怠っていたこと(なお同年三月、四月分については昭和五四年四月一二日付でその支払を催告する書面が原告より被告神余に送られていることは当事者間に争がない。)及び被告神余が負担して支払うべき国際電話料金の支払いを怠ったため名義人である原告がその支払命令を受け更に差押えまで受けこれを立替払いしたことが認められる。

被告神余の右行為は賃貸人賃借人間の信頼関係を破壊する背信的な行為にあたるものといわざるをえず、賃貸借契約の解除原因になるとともに催告を要しないで解除の意思表示をなしうる事由ともなるものと解すべきである。

3  原告が昭和五四年五月一二日付同月一四日到達の書面で被告神余に対し賃貸借契約の解除の意思表示をしたことは当事者間に争がなく、右解除の意思表示により原告と被告神余間の賃貸借契約は消滅したものというべきである。

4  そうすると、右賃貸借契約の解除に基づき、被告神余は、賃借人の義務として、本件建物部分を原状に回復して原告に明け渡すべき義務があるとともに、昭和五四年一月一日から同年五月一四日までの約定による一か月金三〇万円の割合による賃料及び同年五月一五日から右明渡しずみ主での賃料相当の損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

5  被告神余は、本件建物部分を占有していないから本件建物部分を明渡す義務はないと主張するものと解されるが、本訴請求は賃貸借契約の解除に基づき賃借人としての原状回復義務の履行として本件建物部分の明渡しを求めるものであって、被告神余の賃借人としての右義務は同被告自身が本件建物部分を占有しているかどうかにかかわりない(第三者が占有していればその第三者を立退かせて原状に復し原告に返還すべきものである。)のであるから、同被告が本件建物部分を占有していないとしても原告の本訴請求を妨げる理由とはならない。

三  結論

そうすると、原告の被告神余に対する請求は理由があるからこれを認容し、原告の被告松本に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 越山安久)

<以下省略>

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